数学と昆虫採集・・・!倫理と情緒の狭間 横井杏樹さん研究インタビュー

数学に魅了され、現在は級数の関係式の研究や昆虫採集を行っている横井杏樹さん。横井さんの研究内容や数学に対する価値観・数学に熱中している理由などをインタビューしました。

積山 本日はお忙しい中取材にご協力頂きありがとうございます。早速ですが研究内容について教えて頂けますか?

今研究している内容を簡潔に言うと、主に積分や級数の関係式について研究しています。例えば、級数の間にある非自明な関係式を反復積分※1 といった方法によって求めてたりしています。最近は超幾何微分方程式※2 を用いて、新しいアプローチについて考えることなどが主な研究内容です。

※1 繰り返し積分すること

※2 常微分方程式の一種

積山  ありがとうございます。次に研究内容の面白いところについて教えてください。

結構手法が初等的なところが、面白いなと思います。

多重ゼータ値※3 や反復積分を用いて出てくる級数の関係式が特に好きで、非常に面白いところだと思っています。

※3 「自然数の2乗の逆数和」1/1^2+1/2^2+1/3^2+… や「3乗の逆数和」1/1^3+1/2^3+1/3^3+… といった値は「Riemannゼータ値」として数百年前から研究が重ねられていますが、ここ30年ほどでZagierらの研究を契機として、同様の和をどんどん入れ子にした一般化である「多重ゼータ値」が盛んに調べられています。

フィゲロア 次に、研究で苦労した点を教えていただけますか?

まずは、時間とお金が足りないことです。実際の研究ができなかったり、専門書を買えなかったりする場合も多々あります。

また、学生の本業はやはり勉強なので、研究は二の次になってしまうところです。親や周囲の人から理解をなかなか得られないところにも苦労しています。

積山 研究の目的について教えていただけますか?

数式を見たら感動とか興奮とか、その数式の背景にあるものが伝わってくる時があります。例えば、あるアプローチを見たら、その人はどういうことを考えてそこに至ったかが分かる時があります。そこの深みに浸れるような関係式、見た人がその数式に対してどういうことを思うのかという部分まで考慮できる、非自明な関係式を得ることが目的です。

要は絵画とかと同じで、見た人が感動できるような数式を得たいですね。

フィゲロア 今のお話は、数学へ興味を持ったきっかけに繋がると思ったのですが、数学自体に興味を持ったきっかけは何でしたか?

最近インタビューに向けて思い出そうとしていたのですが、忘れました(笑)

おそらく僕の場合は一目ぼれでした。数式を見た瞬間や実際にやっていく過程で、これが僕のやるべきことというか「これしかできないな」という感覚を覚えました。やっていくうちに、これ以外やりたくないなといった感覚に陥ってしまって、逆に数学以外できないなと…ちょっと変な人になってしまってますね。

フィゲロア 確かに一目惚れっていうのはすごく強いですよね。

そうですね。具体的な話をすると、小学6年生ぐらいの時にMathlogという数学の記事投稿サイトで、リーマン予想に関する記事を見ました。それを読み、「人間はこんなことができるんだ」と、めちゃくちゃ感動した記憶があります。

それから、いろんな恩師や研究者からアドバイスをもらったり、励ましの言葉を頂いたりしてきました。そういうのが積み重なっていくうちに、もう僕の数学は、僕個人だけのものでは無いんだなと思うようになりました。

そこからどんどん沼にはまっていきました。

積山 次に、数学以外に、趣味や元々好きだったこと等あれば教えていただきたいです。

数学以外には、昆虫採集が好きです。土日などの暇な時に友達と田舎のほうに行って、虫取り網を振り回して虫取りをしています。その時間が結構大事で、そこから思わぬ式が得られることもあります。その趣味に助けられた事が何回もありますね。

最近は大阪府で未確認だった「ナガサキグビナガゴミムシ」という昆虫を発見してその報文を執筆しています。

フィゲロア どのような昆虫がお好きなんですか?

寄生する昆虫、特に寄生蜂が好きです。他には、社会性がある昆虫なども好きです。

言い方はあまり良くないですけど、昆虫って人間よりは複雑ではない簡単な構造で完結しているじゃないですか。しかしその中にも複雑なプログラムとか解明しきれないところが、まだまだ眠っていることにすごく興味がありますね。

昆虫を数学する」という記事を昔出したことがあるのですが、そのように数学との関連性もあるところが、昆虫の面白いところです。

積山 昆虫と数学はどのようなところが繋がるのですか?

直接的には繋がらないと思います。

ただ、ふとした瞬間や昆虫採集に没頭している時は数学のことを一瞬忘れる事ができるので、自分の思考が一回リセットされて「なんでこんなの思いつかなかったんだ」という手法がポンポンと出てくることがあるんです。

ずっと数学を考え続けるよりは、一回違うことに切り替えることによって新しい世界が見えてくるという感覚を、僕は昆虫採集などから得ています。

具体的にいうと、友達と山に行った時に鹿に遭遇して、綺麗だなと思って見惚れていたその時、ふとアイデアが浮かんできたことがあります。その内容が、今多重ゼータ値に興味を持っている理由になっています。何か始めるきっかけになるという意味で、僕の中で昆虫採集は数学と結構繋がりが深いのかなと思っています。

積山 確かに息抜きの時間は凄く大切ですよね。

フィゲロア 次に、今後の進路について教えていただけますか?

大学は、京都大学医学部を目指しています。そこで十数年ぐらい医者として活動できたら、それ以降は自分がやりたい研究に没頭したいです。ある程度社会に貢献できたら、その後は自分のために生きたいです。

フィゲロア 医学部に進学し、医者になった後に自分の研究をやりたいということですか?

そうですね。僕がやりたいことには医学の知識も必要かもしれないと感じています。その為に、医者としてある程度の経験を積むというのは重要なことだと思います。

積山 医学の知識も必要かもしれないというのは、どうしてですか?

僕は将来的に数学を医学方面に発展させたり、数学と医学の解析を融合したりする研究をやりたいなと漠然と感じていて、そのために医学の知識を付けたいと考えています。

例えば積山さんも、数理の翼伊計島セミナー※4 に参加されましたよね。その際、千葉逸人先生が、脳の出すα波の周期と同期の関連性の研究についてお話をされていました。

その講義の中で、医学方面の方と話し合いながらその研究を行ったとお聞きしました。そのように、もし僕が数学の専門家なら、医学方面の方々と壁が生じないように話すために、医学の知識があった方がいいのかなと考えています。

あと、自分の好きな学問を追い求め続けることも大事だと思いますが、人や社会に貢献することも必要だと考えていて、それも医者を目指している理由の一つですね。

※4 数理の翼伊計島セミナー

NPO法人 数理の翼 が主催する数理科学に強い関心・興味を持つ中高生を対象とした合宿型セミナー

積山 なるほど。私は数学にあまり詳しくない人間なのですが、数学の研究は、今すぐに役に立つものではないように感じています。役に立つものでないからこその大変さはあるのでしょうか?

確かに数学の研究は役に立つものではないですね。現代数学は勉強の途中である僕からみても、自分の世界に閉じこもったものだと思うので、外の世界から見たらもっとそう感じるんでしょうね。現実でも使えるようにするためには、他の分野との融合性・協調性を大事にした方がいいのかなと、強く思っています。

例えば「ζ(3)の表示を得られた!」と言っても、正直訳が分からないじゃないですか。「得られたから何なんだ」という話です。数学者からしたらめちゃくちゃ嬉しいんですけど。

でも、一般の人が思うように、僕自身もたまに「それしたら結局何になるんだろう」「何も役に経たないな」と考えることがあるんです。

しかし、ハロルド・コクセターという数学者が双曲幾何学で得られた図を発表した時、マウリッツ・エッシャーという画家がコセクターの図を使って、「コセクターの万華鏡」と呼ばれるアートを発表したという話があります。

この話は僕が考えてる良い学問のありかたといいますか、数学がちょっとは社会に役に立った瞬間なのかなと思っています。あまり良い具体例ではないかもしれませんが、数学と他方面、特に普段は数学とかけ離れている芸術方面と手を握り合った瞬間なのかなって思っています。

フィゲロア エッシャーというのは、エッシャーのだまし絵みたいに水流が下に降りてから、よく辿ると上にまた戻ってる絵を描いた方ですよね?

その方です。有名ですよね。

フィゲロア 確かに、実世界で応用されているものは面白いですよね。

そうですね。現実社会と関わりの深い分野と数学を結びつけることこそが、両方できる者がやるべきことなのかなと、少し上から目線ですが思っています。

積山 今まで伺っていてふと疑問に思ったのですが、横井さんにとって、数学って何なんでしょう?

数学とは何なのか…

僕は基本的に人とコミュニケーションをとることが苦手で、多分そういう人ってあまり必要とされていないんです。だからこそ、ずっと役に立っているのが数学なんです。普通の人が出来るコミュニケーション手段が取れないから、僕は数学を介して人と繋がれてる、といった感じです。

数学をやってなかったら、繋がれなかった人は多分沢山います。数学はその方たちと出会えたきっかけだったり、あるいはその人たちと喋るための能力だったり、数学をやってない方から必要とされるための能力だったりします。今のところ数学というのは僕の中では色んな側面を持った深いものになってますね。

本当に何もやる気が起きなくて嫌なことがあったとしても、いつも数学のおかげで動けています。数学のおかげで今もずっと元気に過ごせてると思うと…もしかしたら、僕自身が数学なのかもしれないですね。

フィゲロア なるほど。

僕自身もよく分からないです。数学とは何だろう。これ本出すレベルで考える必要があるかもしれない(笑)難しいですね。

フィゲロア 『ご自身が数学』という言葉、すごく気に入ってます。

そうですね。僕が数学と言いますか、僕の情緒が数学にあるというか。

岡潔という有名な数学者の有名な言葉として、「頭で学問をするものだという一般の観念に対して、私は本当は情緒が中心になっていると言いたい。」※5 というものがあります。要は情緒の中に学問があるという。僕の場合は、情緒の中心に数学があるんです。だから岡潔の言葉を借りるなら、僕の中では数学は情緒だったり信念みたいなものですかね。

※5 岡潔(1963).春宵十話 朝日新聞社

積山 ちょっと上から目線になってしまうんですけど、横井さんの数学に対する熱量に対して本当に尊敬しています。一つの学問に対してそこまで打ち込むことって普通にできることではないと思っています。

ありがとうございます。

積山 その熱量が、どこから来てるんだろうっていう疑問を今まで持ってたんです。しかし、今回のインタビューを通して色んな話を聞いて、なんとなく納得しました。

そうですね…

多分、皆も好きなことだったら何時間でもやり続けられると思うんです。ゲームだったり、アニメだったり、絵を描くことだったり、サッカーだったり。それが僕の中ではたまたま数学という傍から見たらちょっと高尚なものだっただけなんです。

熱中すること自体は難しくないと思います。僕が熱中できているのは本当に色んな人に助けられたからです。もはや自分で止めようと思っても止められないので、もう熱中ではないかもしれない。ある意味狂気の沙汰ですよね。

僕は、中1の時に大学数学を独学で学んでいたのですが、やっぱり独学って限界があるんですよね。実際僕も行き詰まってしまいました。そこで周囲に数学ができる人や頼れる人がいなかったため、短絡的な思考で著名な方々にメールを送るというめちゃくちゃな迷惑行為をしていたんです。正直今考えると頭おかしいですけど。中1の訳分かんない奴が、訳分かんない質問を送りつけてくるんですから。向こうからしたら軽くホラーですよ(笑)

その結果たまに怒られたりもしたけど、色んな方からアドバイスや温かい言葉を頂きました。今でもそのことを思い出すと涙が出そうなんですけど。それが僕の中で生き続けて今も、それを指標に頑張れています。

あとは中3の頃の図形の先生に、1年間ずっとお世話になっていて、ある日先生に数学の本をお借りしたんです。しかし、その本に僕がコーヒーをこぼしてしまい、返すに返せなくなりました。卒業式の日に一応返そうとしたのですが、「あ、まだ読み足りないでしょ」という理由でその本を頂いたんです。それが自分の中ではめちゃくちゃ衝撃的な出来事でした。

そういう、今まで他の数学者の方からもらった言葉や温かい行動がずっと励みとなって、僕を動かしていますね。

逆に母に止められたり、身内に「そんなことしても意味ないし、将来数学をやってても稼げないし、生きていけない」と言われたりすることもありました。実際そうなんだろうなと、短い人生経験の僕からもわかるんですけど、そういう時でもロミオとジュリエット効果で逆に燃えるんですよ。親に反対されたこともあって、別に数学者にならなくても数学はできるしなって思っています。

衝撃、励まし、色んな感情が混ざった結果、数学に狂うようになってしまったというところがあるのでちょっと特殊なのかもしれないですね。これが僕が数学に熱中してる理由です。

積山 なるほど。ありがとうございます。凄くいい話でちょっと感動してます。

フィゲロア では最後に、Larva06の読者にメッセージいただけますでしょうか?

変態であれ!

フィゲロア ありがとうございます笑笑。本日はお忙しい中、ありがとうございました。

ありがとうございました。

謝辞:本記事の校正において、ご助言いただいた川村花道氏に厚く御礼申し上げます。