中学生の頃から数学に向き合ってきた高校生と大学生が共著でプレプリントを発表! 横井杏樹さん×川村花道さん 対談研究インタビュー
2024年12月6日、多重ゼータ値に関連し提起されていた問題に対して、1つの肯定的な解を示した旨のプレプリントを発表した、高校1年生の横井杏樹さんと学部4年生の川村花道さん。お二人は中学生の頃から数学に強い関心を抱いていたといいます。プレプリントの内容や発表までの経緯、お二人の関係性や出会いについてインタビューしました。
※過去の横井さんの単独インタビュー記事はこちら
なのめーとる。 本日はよろしくお願いします。早速ですが、それぞれ自己紹介をお願いします。
横井 大阪教育大学附属高等学校 池田校舎1年の横井杏樹です。趣味で数学と昆虫採集をしています。
川村 東京理科大学 理学部第一部数学科 学部4年生の川村花道と申します。一人称がよく変わります。よろしくお願いします。
なのめーとる。今回共著でプレプリントを出されたとのことですが、お二人はどういったご関係なんでしょうか?横井さんがN高研究部※1 に入ってからお知り合いになったんですか?
※1:研究部(角川ドワンゴ学園 N/S高等学校 研究部)とは、N/S高の生徒以外も所属可能である、学術研究を志す中高生相当をサポートするコミュニティ。横井さんは学外部員として研究部に参加しており、アドバイザーである川村さんから定期的に指導を受けている。
https://nnn.ed.jp/about/club/kenkyubu/
川村 X(旧Twitter)で元々知り合っていました。最初は横井くんが俺のことを一方的にフォローしていたんですが、ちょうど彼の関心のあるジャンルと僕のジャンルが広い意味で一致していたことから、2024年春の研究部の部員募集の頃に横井くんが「川村さんがいるんだったら、研究部に入ろうかな」みたいなことを言っていました。結果、その言葉通りに俺と横井くんは、研究部のアドバイザーと生徒という関係になりました。
横井 補足しておくと、川村さんをフォローする前に、僕が数学に関連するめっちゃ適当な誤った投稿をしたことがあって、それを川村さんに指摘されたのが元々の出会いだったはずです。
川村 え、俺が何か言ったの?多重ゼータの話?
横井 確か多重ゼータの話で、なんか適当なことを言いました。それで、川村さんにそれが偽であることを論文を引用して反論されました。
川村 全く覚えてないや。多分俺がイキりたかったんでしょう(笑)。
なのめーとる。 ちなみにそれはいつ頃のことだったんでしょうか?
横井 確か去年の冬頃だったと思います。
なのめーとる。 およそ1年前なんですね。次に、今回発表されたプレプリントの概要について教えてください。
横井 そもそも僕がこの研究テーマを知ったのは、今年の春頃、川村さんに僕がやっている研究テーマについて送った時に類似したものとして、五十嵐正弘さんが2変数の場合は扱っている巡回和公式が3変数においても成り立つのかという問題に取り組んでみたら面白いんじゃないか、と言われたのがきっかけです。僕がそれを今回、実際に手を動かしてやってみたら、類似の、五十嵐さんが得ていた結果の拡張となっている公式を得たという感じです。
なのめーとる。 なるほど。
横井 1分ぐらいで簡単に言ってしまえば、多重ゼータ値っていう、リーマンゼータ関数を多重化させた級数(多重級数)において巡回和公式と呼ばれているとある関係式が成り立つことが大野・若林によって発見されています※2。それを五十嵐さんは1変数の場合でも成り立つということを示して、今回の問題が提起されていた2022年の論文において、2変数の場合でも成り立つということを示しました。今回それについて、3変数の場合でも類似の公式が成り立つっていうことが分かりました。
※2:正確には、「多重ゼータスター値」の場合を発見したのが大野・若林。スターのないオリジナルな場合を発見したのはHaffman・大野で、そのアイデアを援用するかたちで多重ゼータスター値の場合も証明された。
なのめーとる。 川村さん何か補完しておきたいこととかありますか?
川村 いや、もうちょっと簡単に言えたであろうと思うんですが(笑)。こいつはインタビュアーのことを何も考えていないです。
なのめーとる。 いえいえ、とんでもないです。ぶっちゃけ私たちには難しさがどれぐらいなのか分からないのですが、どれぐらい難しいものなんですか?
川村 横井君が言ってくれた通りなんですけれど、もう1回ヒストリーをさらっておくと、2000年代初頭に大野泰生さんと若林徳子さんの2人が多重ゼータスター値(multiple zeta star values: MZSV)という対象に対する1つの公式を発見しました。しかし、それには変数が1つもなかったんです。その後そこにまず変数を1つつけたものを五十嵐さんが証明しました。更に年月が経って2022年くらいに出た論文では、五十嵐さんが2つ目もつけられると言い出しました。同じ論文で五十嵐さんは3つ目をつけた場合はどうなんでしょうっていう疑問を提示しています。我々はそれに答えたという形です。
大野・若林で使われた手法をそのまま1変数にも2変数にもしたのが五十嵐さんのメソッドでした。なので、五十嵐さんが提起して今回我々が解いた3変数のケースも、その手法を順当に拡張してやればいいじゃないかっていうのが自然な発想だと思うんです。実際多少の工夫はありつつも、そうしました。
かたや僕は五十嵐さんのその問題について論文が出た頃から知っていて、2、3年前に全く別のアプローチで解こうとしていました。大野・若林、五十嵐、そして今回の我々は全員無限級数の枠組みでやったんですけれど、僕は2年ぐらい前は積分でやろうとして失敗したんです。
だから上手くいかないと諦めていたんですが、横井君と知り合って、彼に「俺は積分でできなかったんだけれど、1回やってみないか」って言ったらできたっていう。
なのめーとる。 なるほど。お二人は今回は、どういった手法でやられたんですか?
川村 基本的には、先行研究と一緒の手順を辿って解きました。
横井 そうですね、基本的には一緒。
川村 ただ変数が3つなので、今回我々が取り組んだケースならではの難しさも少しあって、そこは横井くんのアイデアで何とかしました。
アルセド ちなみに、変数が4つ以上の場合はどうなんでしょうか?
横井 ちょうど今僕が計算しています。4変数や5変数などより高次のもの、一般のr変数は代数的なアプローチを取ればいけるんじゃないか、といったことを言っている方もいます。
川村 僕も似たようなことは考えつつも、手は動かしていないです。
なのめーとる。 なるほど。横井さんは実際川村さんからお勧めされてから、どれぐらいの時間を掛けて今回のプレプリントに至ったんでしょうか?
横井 解きたいなという願望を抱きつつ、本格的に手を動かして、先行研究の五十嵐さんの論文をちゃんと理解したのが2024年の10月ぐらいです。10月までは、同じようにパラメータをつけた多重級数の関係式等を考えていて、巡回和公式を特にやりだしたのは10月あたりからです。なので2ヶ月ぐらいですね。
10月と11月は確か川村さんの体調が悪かったため、あまり返信が来ませんでした。しかしプレプリントでの発表までは僕が川村さんを急かしました。
まとめるのには2週間もかかってない感じです。
川村 今回の問題に取り組んでいたこと自体は知ってたんだけれど、10月と11月は僕が思うようにレスポンスできなかったんです。
なのめーとる。 10月から取り組んで、解けたのは何月ぐらいでしたか?
横井 本格的に取り組んだのが10月からで、もう解けるなという、兆しみたいのが見えたのは、11月のプレプリントを出す1週間前ぐらいですね。その時に、これはもう間違いなくいけるだろうっていうのがありました。僕の中では、その頃ぐらいには解けたって勝手に思ってました。
アルセド 内心で、もうこれは解けるだろうみたいな感じですか?
横井 凄く言語化が難しいんですけど、扱っていて、形が非常に似た多重級数が現れる兆しみたいものが見えた時に、あとはゴリ押せばいけるだろうっていう感じだったので、もういけるだろうと思いました。
なのめーとる。 なるほど。そこから川村さんに解けたことを確認してもらって、プレプリントを出すことになったんでしたね。
川村 はい。
なのめーとる。 どれぐらいの期間でプレプリントまで至ったのでしょうか?
横井 2日ぐらいです。
川村 こいつが信じられへんぐらい急かしてきて、2日でほぼ形になりました。
横井 すみません。
なのめーとる。プレプリントにおける分担はどのようなものだったのでしょうか?
横井 僕が書いたカスみたいな文章をちゃんとした形に直してくれたのが、川村さんです。
川村 そうですね。最初にもらったPDFは、一応数学がある程度できる人が読めば読めはするけれど、あんまりきれいではないものだったので、どうしようかなと思いました。とりあえず鍋食いながらzoomして、一緒に読んで、正しいであろうということを俺が確認してから、その日を含めた2日か3日ぐらいで、最低限論文として、そうたくさんは怒られないかなっていうぐらいに書き直したのが僕です。
なのめーとる。 なるほど。主にリバイスを川村さんがやったと。
川村 さすがにリバイスだけで著者に入るのは数学の慣習的に悪いかなと思ったため、微妙に数学的な貢献として、先行研究で与えられていた等式のうちどれぐらいが我々の結果に含まれているかを調べました。
なのめーとる。 ありがとうございます。ここまでプレプリントについて伺ってきましたが、何か付け加えたいところはありますか?
川村 強いて言うならば、解けた解けたとか言ってるけど全然コンプリートアンサーではないことですね。元々五十嵐さんが提示した問題が、有名なフェルマー予想みたいに厳密に定式化されているものではなく、できるかな的な、思想的な部分も含んだ疑問だったんで、厳密に解けた/解けてないっていうのは、無理なんですけれど。
アルセド 結構あやふやなんですね。
川村 彼は「そういう公式がありますか?」ぐらいのことしか言ってないし、いろいろ付加的な条件も言ってるから、100人が見て100人が満足する回答を今回のプレプリントが与えたわけではないと思います。
なのめーとる。 あくまで1つの解を与えただけということですね。
川村 論文内では、partially affirmative answer(部分的に肯定的な解決)と言っています。
横井 僕からも付け加えておくと、今回得た結果では、それぞれの任意のインデックスに対して2以上という制約がかかっているんです。それをどう外すかというのが一つの今後の課題でもあります。あとは冒頭でも言ったように、r変数とか4変数とかにもできるかもしれないですし、今回はスターつまりイコールを含んでいる場合の多重級数を扱ったわけですけど、完全にイコールを含んでないものに対しても何かアプローチができるかという点も、今後の研究課題として残っていると個人的に思ってます。
なのめーとる。 ありがとうございます。そういった残っている課題には、お二方ともこれから挑んでいかれるんでしょうか?
横井 そうですね。時間があれば。
川村 時間があればですね。僕は僕で、別にやりたい研究があるかもしれません。
なのめーとる。 お二人とも今回のプレプリントの内容はメインの唯一の研究という訳ではなく、サイドで進められていた感じなんでしょうか?
横井 そうですね。今回のものは副次的なものですね。メインの研究はこれからもやっていくつもりです。
川村 実は僕が今得意としているジャンルではないですし、メインだとは思ってないです。
僕は数学においては割と移り気な性格なので、興味がころころ変わるんです。今回のプレプリントの内容は、今の僕にとって寝ても覚めてもずっと考えているような問題ではなく、それはまた別にあります。
なのめーとる。 今後、お二人がそれぞれメインで進められている研究の方も楽しみですね。
なのめーとる。 ここからはもう少し人物的なところにフォーカスしてお聞きできたらと思います。横井さんにとって、川村さんはどんな存在ですか?
横井 一言で表すのは難しいですね。僕にとっては本当に、今年1年ずっとお世話になってきた方ですし、数学に関してはもちろんそうなんですけど、考え方に関しても、対人関係で色々あった時にも結構お世話になったっていうのもありますし、本当に色々な面での師ですね。
川村 対人関係で云々かんぬん言うのはうちの奥さん(川村愛結さん)な気がするけど。
横井 川村さんと愛結さんの助言や喝の影響は結構大きかったです。一年間お二方にたくさん助けられたのを覚えています。
なのめーとる。 なるほど。ちなみに普段は割と高頻度でSlackやDMでコミュニケーションをされているんですか?
横井 僕はそうですね。川村さんに質問を投げかけていて、無視されたらインスタでメンションしてます(笑)。
川村 俺は1割ぐらい返してます(笑)。全然返してないです。
アルセド 確かに横井さんはXで一時期、「川村さんが返信してくれない」という投稿をされていましたね。
横井 愚痴ですね。
川村 もう、あの、何の言い訳もできません。僕が悪うございました。
なのめーとる。 そんな川村さんから見て、横井さんはどんな存在でしょうか?
川村 職務上研究部のアドバイザーが僕で、その生徒が横井さんであるはずなんですけれど、やっぱりファーストインパクトって強いもんで、ずっとXのフォロワーという印象が強いのが現状ですね。そういうとあんまり印象が良くないかもしれないけど。
数学をやってる高校生ってここ数年で爆発的に増えていて、彼もそのうちの一人という感じはすごくするんですが、それなりに広い意味でジャンルが被っているのもあって、他の皆さんよりかは多少注目はしています。僕は全然返さないですけれども、立場上頻繁に連絡も来るんで。
せっかく今回一緒に仕事をすることができたので、まあ人によって定義は異なれど、僕のゆるい基準だと、彼も数学者の一人、同業者の一人になってる感じがすごくします。
なのめーとる。 月並みな言葉ですが、少しエモいですね。
川村 ただ同業者になっても年齢の関係で、酒が一緒に飲めないというのは問題ですけど(笑)。
なのめーとる。 一緒にお酒が飲めるのはあと4年ぐらい先ですかね。
川村 そうですね。楽しみです。
なのめーとる。川村さんも中高生の頃から数学の研究をされ、学会に参加されたり、プレプリントを発表されたりしていたと伺っています。
川村 そうですね。お邪魔しておりましたね。さっきも言ったように移り気なもんで、興味のある分野はコロコロ変わってきました。だいたい、広い意味での研究みたいなことをし始めたのは中学3年生の終わりぐらいです。それから、高校2年生いっぱいぐらいまでの2年ぐらいは、多重ガンマ関数っていう特殊関数論の一部みたいなことをやっていました。特殊関数論の中でも広く言えば、整数論や数論と言われるジャンルの中の分野です。
しかし、日本の数論業界のメインストリームでは全然なかったんですね。端っこの端っこみたいなところに、なんかたまたま興味を持っちゃってたんです。入り口はそれだったんですが、メインストリームじゃないし、人もそう多くはない。人が多くない分、解けてない問題も多いということで、色々出来はしたんですが、多重ガンマ関数にばっかり、ちっちゃいとこにこだわってるのもあれやなということで、他のジャンルの数論業界のメインストリームみたいなとこの研究集会とかにもちょこちょこ顔は出していました。それで、当時の僕からしたら別ジャンルの情報も色々と仕入れる中で興味が移っていって、メインストリームのあれも結構面白いじゃないということで、今ちょうど扱ってる多重ゼータ値に辿り着きました。それが、今回のプレプリントを出したジャンルだったんです。そういう変化が自分の中で起こったのは高校2年生の終わりぐらいでした。
ちょうどその頃に、多重ゼータ値の分野、当時東北大学の助教の先生と、同い年の大天才の3人で共著書かせていただくご縁に恵まれまして。だから、受験学年と言われる高校3年生を全部それに費やしたんです。そこで論文を書いたことをきっかけに完全に今のジャンルに移ったっていう具合です。
なのめーとる。 なるほど。興味深いです。川村さんが初めてプレプリントや論文を出されたのはいつでしたか?
川村 プレプリントを初めて出したのは高2の春ぐらいです。以降プレプリントはちょこちょこ出していたんだけれど、高3のしまいぐらいに出したプレプリントがその1年後、大学1年生の冬ぐらいにパブリッシュされて、論文として世に出たって感じですね。
なのめーとる。 ありがとうございます。
なのめーとる。 ちなみに数学の世界に足を踏み入れようとしたきっかけは何でしたか?
川村 サイモン・シンさんというサイエンスライターが書いた『フェルマーの最終定理』という有名な書籍があります。数学の問題をタイトルに銘打っていますが、数学の専門書ではなく、大問題が解かれるまでのドキュメンタリー的なノンフィクションです。その本を、13~14歳ぐらいの時にたまたま読みました。
中身を知っている方は分かると思うんですが、フェルマーの最終定理って、ルックスはすごく簡単なんですね。簡単そうに見えるので、中学2年生のイキり散らかした俺は、俺でもできるやんけ、とやろうとしました。n=4のケースしか解けずに撃沈だったんですけど(笑)。
多分その時の自分で手を動かす体験が楽しかったんでしょうね。そこから、なんかコロコロと興味が変わり、今ではこの分野にいる具合です。
なのめーとる。 大学に進まれてから今まではどんな道を歩まれてきましたか?
川村 高3の時に多重ゼータ値に鞍替えをしてからは、多重ゼータ値っていう軸はぶらさずに今まで来てます。今は大学4年生の冬ですが、高校から大学に上がりたての時も多重ゼータのことをずっと考えてましたし、別の方と共著でプレプリントや論文を書いてました。2年生になってから、多重ゼータ値や反復積分などのジャンルで単著のプレプリントを書くようになり、もう研究者気取りをして今に至ります(笑)。
なのめーとる。 そんな研究者としての歩みを続ける川村さんにとって、中高生の頃から数学に触れて、アカデミアに出入りしてたことは、アドバンテージだったと思いますか?
川村 アドバンテージにするべく動いた節はあります。嫌みったらしい話かもしれませんが、大学受験時に学部や学科を選べる中で、数学の研究を高校の頃からしていたから数学科で勉強するのは当然だろうみたいに思われるかもしれませんが、僕が数学科を目指したのは、ある程度大学の数学を先取りしていたから楽ができるだろうと思ったからです。なので、アドバンテージにしたいから、今の道に進んだみたいな節は大いにあります。
なのめーとる。 確かに、中高生の時の研究の経験は、勝手にアドバンテージになるものではなくて、「自分でアドバンテージにできるようにする」ものなのかもしれませんね。横井さんはどう思われますか?
横井 やっぱりすごい人から教わってたんだなって思いました。
アルセド 先程、川村さんが高2の頃にプレプリントを出したというお話をされていた時に、横井さんはZoomのリアクション機能で反応されていましたね。
横井 なんか勝ったなって思いました(笑)。
川村 そうね。まだ高1だもんね。まあ、俺は高2の時は単著だったけどね(笑)。とはいっても、全然パブリッシュされてない、査読にも出せてないようなあれなんで、競えるようなものではないんですけれども。
なのめーとる。 横井さん的には、昔の川村さんと競ってるみたいな感覚があるんですか?
横井 ちょっとだけありますかね。僕は、川村さん以外の方のことも勝手にライバル視してる節はあります。
川村 まあ、喧嘩は売り得だと思います(笑)。
横井 喧嘩売ってるわけではないので。
川村 あ、違うの?(笑)
なのめーとる。 お二人それぞれに、今していることと今後の目標をお聞きしたいです。今回のプレプリントと関係していなくても構いません。
横井 まずは今回得た結果の拡張や、今回のような変数のついてる多重級数の関係式を少しずつ解明していくことを軸にやっています。あとは、中1の頃にちょっと憧れてた解析系の話をもう1回掘り返してみようかなって考えていたり、夏にやった表現論をもう1回復習しようかなって思っていたりします。
川村 オリジナルのお鍋とつけ麺を作ることに最近ハマってるんですけど、多分そういうこと聞かれてるわけじゃないですよね(笑)。
ちょうどプレプリントを出したばかりではあるんですが、今の自分の興味は具体的な計算というよりも、多重ゼータ値に対する別のアプローチに向いています。
多重ゼータ値は、日本は世界の中でもかなり研究者も多く強いジャンルっていう認識が業界の中にはあると思うのですが、ぽつぽつ研究が現れ始めたのは平成初期だったんです。だから30〜40年しか経ってない若いジャンルなんです。最初期の論文もだいたい1992〜1993年に固まっています。
だからこの分野に入りたての頃は、僕もそれくらいがはじまりだと思っていたんですけれど、実際のところ1980年くらいに1人だけ、フランスの数学者が論文を出していて、そこから10年ぐらい空いてから一気に流行り始めたのが今のこのジャンルなんです。僕は今、そのフランスの数学者であるJean Ecalle(ジャン・エカール)という方の研究にすごく興味があります。大袈裟に言うと、歴史を紐解いていってる感じがしますね。
アルセド その方はどういった研究をされてるんですか?
川村 あんまり言っていいか分からないんですけど、変なんですよ(笑)。同じくエカールの論文を読み解いている知人に聞いたら「とても数学の論文のていをなしていない」といったコメントが飛んできましたし、ジャンルが同じ知り合いにエカールの論文の話をしていたら、言語学か考古学に近い気がするみたいなことを言われました。
数学の抽象的な理論を作っていくというよりも、昔に書かれた難解な資料を読み解く方がメインの仕事になってます。それくらい難しい書き方をされているんです。
アルセド 詳しく教えてください。
川村 まず記号が変なんですよ。高校数学ぐらいの範疇で言ったら、変数を文字で置く時とか方程式の解とかって、xだyだとか、aだbだとかいうのは普通じゃないですか。集合を書く時も、大文字のAだとか、大文字のXだとか、それぐらいでいいと思うんですよ。数学科で勉強するような数学もだいたいそうなんです。使うのは好き勝手な一文字か、どれだけ増えた特殊な例でもlogや三角関数のsinの3文字ぐらい。でも、エカールは平気で6~7文字使うんですよ。
アルセド え、そもそもルール的に使っていいんですか?
川村 まあ、誰もやってないというだけで自由なんですけれど。いや、探せばいるのかもしれないけど、僕は見たことないです。
見てきた中で一番分かりにくいなって思ったのは、エカールの理論の中心をなす概念であるGARIという集合の変種として考えられるものとして、GAMIやGANIといった、アルファベット1文字だけ変えた、替え歌みたいなものをいっぱい書いているところです。
アルセド ということは、それの解読作業が待ち受けているんですか?
川村 そうそう。しかも、多くの場合、その論文には定義が書いていないんです(笑)。どこ読んだらいいねんって感じです。
一つの論文内に定義があるとは限らないので、彼が書いた複数の論文を全部照らし合わせながら紐解く作業が必要です。
あとGARIだけに留まらず、RをLに変えたGALIとかもあります。
アルセド 同じものではないんですか?
川村 関係はあるけど全然違います。だからすごくややこしいんですよ。
アルセド 造語を作っちゃうタイプの方なんですね。
川村 本当に造語をよく使います。数式の部分だけじゃなくて、論文で地の文として英語を書いている部分でも、例えば方程式がequation、恒等式がidentity、集合がsetとかは、広く数学界に浸透した言葉なわけです。でも、彼はオリジナルの言葉もどんどん出してくるんで、読めないんですよ。しかもその言葉にも定義は書いてない。だから何ですかそれは、となる。一番びっくりしたのは、数学の論文を読んでいるはずなんだけど、atomicとかmolecularとかmicroscopeとかが出てきたときです。え?ってなります。
アルセド 数学の用語として出てくる感じですか?
川村 そうです。彼は数学用語として使ってるんですけど、ここで言うmolecularがどういう意味なのかも書いてない。「分子的」などと訳せるけど、化学で言う分子とかには全然関係がない。悪意はないんだろうけど、ずっと何を言ってるんだろうって感じです。
なのめーとる。 一周まわって面白いですね。暗号みたいです。
川村 何度、イライラしてパソコンを叩き割りそうになったことか(笑)。
なのめーとる。 そこまで大変なのに、その方について深く調べている理由を教えてください。
川村 エカールによるmould理論は通常の数学にはあまり見られない記号の用法やスタイルで記述された理論です。このために様々な研究者から、少なくとも僕の周りでは参入しづらい、という意見を聞きます。
その一因として、「大学教員などの職業研究者ともなれば常に一定のペースで成果を出し続けることが多かれ少なかれ要求されるために、なかなか腰を据えて新しいことを勉強する時間がとりづらい」というものがあると思いますが、学部生でかつ論文をちょこちょこ出しているという、ある意味 “いいとこ取り” をしている僕にとって、mould理論へ参入するのは天与のチャンスのようにも思えました。
最初は癖のある書き方に面食らった節がありますが、いざ深く入ってみると面白いことを掘り起こす余地のある宝の山にいるかのような感覚を覚えます。
なのめーとる。 現在の川村さんだからこそできることをなさっているんですね。
最後に横井さんと川村さんそれぞれに、Larva06の読者へのメッセージを伺いたいです。最初に川村さん、お願いします。
川村 変態にならないでください(笑)。
横井 やめてくださいよ(笑)。
川村 横井さんが前の記事で同じようにメッセージを求められて「変態であれ」と言っていたんで、ちょっとキャンセルします。
数学者の変人エピソードには知られているものも多いと思うんですけど、数学に振り切れるがあまり常識を犠牲にして変人になるよりかは、まずは人間でその後に数学だと僕は思っています。数学者あるあるとして、セミナー等での指摘のはずが人格否定になっているといった話をよく聞くのですが、いくら数学が優先だからってそれはないでしょ、といつも思いますね。喧嘩したかったら好きにすりゃいいんだけど、喧嘩したいわけでもないのにそれはやめてくださいよと。だから、常識があった上で数学をやるのがいいと考えています。
なのめーとる。 横井さんは、読者へのメッセージは何かありますか。
横井 今回僕が記事等で取り上げられたおかげで、Xで結構バズったというか、認知が広まったおかげで、DMやマシュマロで、結構相談が来るわけですよ。
数学が苦手な方や嫌いな方が、得意になるためにはどうすればいいか、あるいは数学は得意だけど、これ以上伸ばすにはどうすればいいか、みたいな質問が来るんです。
そういうことを質問してくださった方々や、数学にちょっとつまづいてる方に何かを言うとしたら、僕が数学で結果を残したのはたまたまだったんです。多くの人に支えられながら、結構変な道を辿ったおかげなんですけど、別にそれを真似する必要はなくて、その人が本来興味がある分野だったり、ちょっとしたきっかけでハマった分野だったり、そういう自分に本当に合ってる分野を進んでくださったらいいのかなと個人的に思っています。
なのめーとる。 ありがとうございます。現在の横井さんは、「変態であれ/変態になるな」についてどうお考えですか?
横井 「変態であれ」は、一般の方に向けて言っているわけではなくて、特にLarva06などの特殊な記事を読まれる、研究に勤しんでるたちに向けて言った感じです。
研究っていうのは本当に並大抵の精神力では乗り切れないものだと個人的に思っていて、乗り越えるためにはやっぱり自分自身を変えていく必要があります。その中で一つの方法として、別に変態じゃなくてもいいんですけど、確固たる自分を形成するために、普通とはまた一線を画した何かをする必要があるわけです。
例えば僕だったら、数学の解法が思いつかないときは、ルーティンとしてよく近所を走り回るんですけど、そういう変態的なルーティンがあった方が、きちんと研究をやってきた実感がちゃんと残る気がします。だから変態だと色々便利ですよ、みたいな感じです。その方が認知されやすいですし。
なのめーとる。 なるほど。
横井 あと、僕は変態じゃないです。普通の一般人です。
なのめーとる。 川村さんはどう思いますか?
川村 まあ、本人がそう言ってるんだから、本人のなかではそうなんじゃないですか。僕はもうそれには何も責任は持てないです。数学やってる時点でどうなんだと思いますけど。
横井 そうですね。数学やってたらみんなだいたい頭おかしくなってる。
川村 だから自分のことを棚に上げるのは良くないんだけどね。まあ、そう思います。
なのめーとる。 個人的に、自分は論文を書き終わった後って毎回すごく成長している気がするんです。ですから横井さんも今回のプレプリントなどを経て、以前Larva06のインタビューを受けてくださった時よりも、人間的に成長されたのかな、と感じています。
横井 ありがとうございます。自分の中でも勝手に思ってることとして、色々なコメント等を受けて、人間的にちょっと成長できたかなっていうのはあります。
なのめーとる。 本当に素敵なことだと思います。本日はインタビューに応じてくださり、ありがとうございました。
横井さんからのメッセージ
僕は中学1年生の頃から数学に取り組んできましたが、今回の結果に至るまで、多くの数学者の方々にお世話になりました。お世話になった先生方の一部に今回のことをご報告したところ、好意的なコメントをいただき、本当にありがたく感じています。
またその他の専門家の方からは、メールを送る際のマナーやTeXに関するアドバイスをいただいたこともありました。こうした細やかなご指摘や助言がなければ、ここまでたどり着くことはできなかったと痛感しています。
そのため、数学者の皆様はもちろんのこと、数学者以外の多くの方々にも、心から感謝の意を表したいと思います。