ものづくりを通して、失語症の患者さんの会話の持続率を向上させたい!藤原咲歩さん研究インタビュー

失語症を患ったお父様とのコミュニケーションの難しさをきっかけに、失語症の方の会話の持続率を向上させるデバイスを開発している藤原咲歩さん。藤原さんが開発している装置「チット」やものづくりへの想い、今後についてインタビューを行いました。

なのめーとる。  本日はよろしくお願いします。まず、自己紹介をお願いします。

藤原 藤原咲歩です。私は、5年前に父が脳出血を要因として失語症や麻痺障害を患ったことで家族内のコミュニケーションが難しくなったことから、失語症患者の方がコミュニケーションに参加するための装置の開発などを行っています。

なのめーとる。 藤原さんが開発されてきたものについて教えてください。

藤原 今まで開発してきたものの中で一番心に残っているものは、自分が「チット※1」と呼んでいる装置です。この装置は、失語症を持つ父が会話に参加できるようにするために作りました。

失語症の患者さんは喋ることが困難なので、患者さんとの会話では、家族や施設の職員さんが一方的に患者さんに何かを聞き続け、「はい」「いいえ」のいずれかを答えさせるような会話形態が非常に多いです。この会話形態では、何かをしたか/してないか、あるいは「おはよう」「おはよう」といった復唱で終わってしまいます。

この会話形態では、患者さんの会話したいという意欲が向上しないのではないかという仮説を立てました。開発したものは、こういった会話形態を次のステップへ持ち込み、会話の持続率を向上させるためのデバイスです。

※1:「チット」という名前は、雑談や世間話を意味する「chitchat(チットチャット)」に由来するとのこと。

車椅子を左側面から撮影した写真。車椅子の肘掛けの上にはチットが置かれており、その上に手を載せている

なのめーとる。 「チット」の4つのボタンはそれぞれ何に対応しているんでしょうか?

藤原 4つのボタンはそれぞれ「オープン・クエスチョン」の出力に対応していて、ボタンを押すと、5W1Hの中の3W1Hである「なんで(why)」「いつ(when)」「どこで(where)」「どうだった(how)」がそれぞれ音声出力するようにしています。

当たり前のことですが、例えば「○○さん、ご飯を食べましたか?」と言われたら「食べました」と答えるしかないですよね。この会話は2文で終わってしまいます。これは一般的に「クローズド・クエスチョン」と呼ばれます。そのため、患者さんが「オープン・クエスチョン」を持ち得ることで、家族の方との間における会話の持続率が向上すると考えています。

また失語症患者さんは、錯語という言い間違いをしてしまったり、発話に時間がかかって言葉が止まってしまったりすることがあります。そこで会話がプツンと切れてしまいます。まだデータは取れていませんが、その会話が止まってしまった時に会話を一旦維持させるものとしても、オープン・クエスチョンを音声出力する機械は使えるのではないかと考え、「チット」を開発しています。

その他に趣味の範囲で、研究としてがっつりデータを取ることはしていませんが、ものづくり自体がすごく大好きです。また人体もめちゃくちゃ大好きなので、手の模型を作ったり、臓器のある一部の設計を切り抜いて作ってみたりといった「人体再現ものづくり」と呼んでいるものづくりも行ってます。

なのめーとる。 お父様が失語症を患ってしまってから、「チット」の開発に至った経緯について教えてください。

藤原 元々ものづくり自体は大好きで、小さい頃から何かを作る行為は続けてきました。今思えば小学生の時から、自己を表現するために色々な物を作ってきました。一時期は小説を書いていた時もありましたし、木工にハマって木を切って繋ぎ合わせてものづくりをしたこともありました。それから、父が倒れてしまいました。

中1の時、学校で探究学習が始まった時は、医学に興味があったため、当時流行していた新型コロナウイルスについて調べていました。しかし中2になったタイミングで、テーマを変えようと思いました。新型コロナウイルスに関しては、もし私が研究をして何かを解明したり、結果を得たりすることができても、それをどこかに応用させるレベルのことはできないと感じていました。あと、実際に手で触ってワクワクすることができないというのも大きな理由でした。私はウイルスをめちゃくちゃ手で触りたくて、国内から海外まで色々なサイトを調べ、ウイルスを買えないだろうかとも思いましたが、買えなかったので諦めました。

そこで諦めて、自分が一番熱中できることを探した時に父の失語症について調べ、一番身近な人の笑顔が生まれるなら、それが一番嬉しいと思いました。 それが開発や研究のきっかけだったと思います。

なのめーとる。ご自身を表現するためのものづくり、とのことですが、その想いはチットの開発にどのように関係しているのでしょうか?

藤原 そもそも自分が、失語症になった父との会話形態に違和感を感じていました。自分が今までしてきた父との会話は、言葉がすぐに返ってくる、キャッチボールがなされるコミュニケーションでした。しかし、失語症の父とのコミュニケーションでは会話が進展しない。私が何か聞き続けなければ会話がストップしてしまう。これは本当に必要としてる会話ではないのではないか、このままでいいのか、と思っていました。

私自身、父と会話をしたいという思いも非常に強くありました。では父と会話をするために何が出来るのか、私が何かを配慮し続けるコミュニケーションは私の家族では可能でも他の家族では難しい、ということも考えました。

父との会話で感じた違和感を減らしたい、普通の家族間の会話と失語症患者さんとの会話のギャップを埋めたい。そして、自分の中にある喋りたいのに喋れない苛立ちを解消したい。このような想いを表現するために、今はものづくりに取り組んでいるのだと思います。

なのめーとる。 白いチットと赤いチットはどこが違うんでしょうか?

藤原 内部構造のデザイン自体は一切変わっていません。

赤い装置の方は古いバージョンです。今までチットは改良を15回ほど行って、作り直してきました。赤い装置は材質が粘土で、粘土に塗料を塗って着色したものです。

私たちは服を毎日着替えますよね。同様に車椅子も選びたければある程度デザインを選ぶことができる時代です。そんな中で、患者さんの生活に寄り添えるようにチットもデザインをカスタマイズしていけたらいいなと考え、デザインが完成してからのプラスアルファとして、父の好きな色である赤色で着色を行いました。

白い装置は、サイエンスキャッスル研究費※2 に採択されてから3Dプリンターを導入し、材質を完全にプラスチックにしたものです。

※2:藤原さんの研究は2023年9月に、株式会社リバネスと公益財団法人ベネッセこども基金による研究助成「サイエンスキャッスル研究費 ベネッセこども基金 D&I賞」に採択されました。同研究費は「自分自身の特性やマイノリティ性に着目したあらゆる開発や研究」というテーマで募集が行われたものです。

なのめーとる。 装置の色にも、患者さんの生活に寄り添うものとしての「チット」への想いが込められているんですね。

車椅子を正面から撮影した写真。車椅子の肘掛けの上にはチットが置かれており、その上に手を載せている

アルセド チットは手の指に沿う形になっているんですね。

藤原 はい。脳卒中後疲労というのですが、脳出血後には疲労感を感じやすいとされています。また、麻痺がある方はすごく疲れやすいという研究結果もあります。当事者である父からも同様の意見をもらったこともあり、そこから疲労感を得ないツールにしようと思うようになりました。そこでチットを使う患者さんが疲れにくいようにするために、人間工学的なデザインを取り入れています。

なのめーとる。藤原さんが活動されているのはどういう分野なんでしょうか?

藤原 活動領域はいくつもの分野に渡っています。

まず思い描いたものを形にするといったところに、工学的要素があります。そして、脳卒中後疲労がどれくらいの確率で起こっているか、また左右どちらの脳が出血した人にとってはどのような装置が必要なのか、といったところには、医学が関係してきます。他には、脳科学や人間工学にも関連しています。

個人的には、それらの研究分野以外にも、起業にも興味があります。私が研究を始めたきっかけとして一番大きいのは、父が使えるコミュニケーションツールを探しても無かったからです。そのため、ないものをただ作るだけじゃなくて、失語症患者さんに届けていきたいっていう思いが強くあります。そこで届ける面では、開発したものをどうやって本当にニーズがある層に届けるのかということや、開発をする上でかかるお金をどうやって得ていくのかといったことについて、起業されてる方にお話を聞いたりもしています。

アルセド 現段階で既にチットを使用されている方はお父様1人なんですか?

藤原 今は父1人に焦点を当てて、これまでの5年間で作り上げてきたのがチットという状態です。これから汎用性をどんどん広げていきたいと思っています。

ただその中で、どんな患者さんに対しても全く同じ「誰でも簡単に安く手に入る」装置ではなく、その患者さんに合った装置が必要だと考えています。患者さんの症状や障害に寄り添う装置が必要なので、そういった点を踏まえつつ汎用性を追求していきたいと思っています。

多くの失語症患者さんに試してもらうとなると倫理審査を通すことを考えなければいけませんが、その難しさに行き詰まりを感じています。そこで今は出来る範囲でものづくりをしていこうと考え、長いスパンで、失語症患者さんの全てを解決できるように検討しています。

なのめーとる。 私も倫理審査に苦労したことがあるので分かります。倫理審査や多くの方に試してもらうこと以外に、開発や研究を進める上で苦労されていることはありますか?

藤原 そもそもの話になってしまいますが、失語症の患者さんとのコミュニケーションが難しいです。実際私も父にヒアリングをする時はめちゃくちゃ大変です。どうやったら的確な方法で誘導的な回答にならずに、喋ることが難しい父の意見を取れるのかというところに苦労しています。

また他の失語症患者さんにもヒアリングをして回っているのですが、施設の職員さんを通してお話しさせていただく時に、自分の意見が伝わるように話すことが大変だったり、理解してくれていても返事をするのが難しくて私が受け取れなかったり、失語症特有の発音の仕方として、例えば「藤原咲歩です」と言いたいのに「るるるるさおです」といった発音になってしまって聞き取れなかったりといった難しさはあります。

なのめーとる。 対象にしている方が失語症患者さんだからこその苦労があるのですね。逆にそのような苦労を抱えつつも研究をしていく中での、楽しいことやモチベーションについて教えてください。

藤原 もちろん失語症患者さんが笑顔になってくれる瞬間が一番嬉しいですが、マニアックな人に会えることも楽しいですね。自分は何かに熱中している人がものすごく大好きです。そういう人はすごく個性に溢れていて、自分が好きなことをニヤニヤしながら語ってくれます。そういう自分の好きな分野をすごい熱心に語ってくれる人って、話していてすごく面白いじゃないですか。そういう人たちと出会っていくことが楽しみで研究が続けられています。また大学の先生に会いに行ったり、コミュニティに参加したりといったこともモチベーションになっています。

なのめーとる。 確かに、私もLarva06の取材で色んな方が笑顔でオタク語りをする様子を見聞きしていますが、とても楽しいです。

手袋のような形をした銀色の物体が地面に置かれている。また、そばにはピンクの花の形をして物体が添えられている

なのめーとる。 以前からものづくりがお好きだったとのことですが、そのきっかけについて教えてください。

藤原 そこは、もう本当に父譲りです。父は昔からものづくりが大好きで、専門職ではないのに、趣味で横幅だけで2mぐらいの水槽を家に作ったこともありました。またホームセンターで買ってきた材料を全部繋ぎ合わせて水槽を照らすためのライトを固定するものも作ったり、他には山に池を作ったりもしていました。

とにかく父は何かを作ることが大好きで、私はそんな父の様子を幼い頃から見ていて、私も早くノコギリに触れるようになりたいな、早く釘を打たせてもらえるようになりたいなと思いながら育ってきました。

その後、父が倒れてしまって、もちろんものづくりのことを考えられない時期もあったんですけど、きっかけを与えてくれたのは父の存在です。

なのめーとる。 凄いですね。ものづくりへの愛はお父様譲りだったんですね。

藤原さんの部屋の机の写真。机上には3Dプリンターのようなものや試作品とみられる物体など、さまざまな物品が置かれている
藤原さんが日々ものづくりに取り組んでいる机

なのめーとる。 開発や研究以外に夢中になっていることや好きなことがあれば教えてください。

藤原 研究以外に夢中になってることは、やはり何かを作ることです。

他にはnoteを書きまくっています。私は思ってることとか、言いにくいことを言葉にするのが凄く苦手で、だからこそ詩や物語としてnoteに自分の思いを綴っていくことを楽しんでいます。あとはものづくりなんですけど、例えばリハビリテーションをデジタルで行う方法とか、自宅でゲーム性を持って行う方法といった、自分が思いついたことを形に落とし込むことを楽しんでます。

なのめーとる。 ありがとうございます。最近Xで、藤原さんの「noteを書きました」という投稿をたまに見かけていたので、そういう背景があったんだなと思いました。開発やそういった言語化等、本当に色々なことを同時並行でされてるイメージを持っているのですが、藤原さんは普段、どのような生活を送っているんですか?

藤原 普段は、朝5時に起床して1時間半勉強して、学校に行ってまた30分勉強することで、2時間は勉強時間を確保しています。学校が終わった後にも30分か1時間勉強した後に、クラシックバレエや塾へ行くか、家に帰って勉強をして、その後に開発やものづくりをするといった生活を送っています。

アルセド 私も朝4時か5時ぐらいに起きて川に行き、研究対象の魚をとっているので、同じだなと思いました。ただ私は魚をとっているだけなので、研究と勉強を両立されている藤原さんは凄いですね。

藤原 いやいやいや。帰ってからは何もしたくないなっていう思いなんです。

なのめーとる。 藤原さんが勉強を続けているモチベーションについて教えてください。

藤原 自分が研究や開発をするぞという信念に目覚めた時に、父が働けていなくて経済的に厳しかったこともあり、母から「学校に真剣に通わないのであれば仕事をしてもいい」「大学にも行かなくていい」といった話をされました。

私は昔から何かを中途半端にしておくことがすごく苦手で、中途半端に物事を終わらせる自分が嫌いだったため、「だったら研究も勉強も両方やってやる」と思いました。

だから、あの日の母との約束と、やりたいことを実現するための手段である大学進学という切符を掴み取るために勉強をする、というところが私の勉強のモチベーションです。

なのめーとる。  私はそこまでの覚悟を持って勉強できているだろうか、と思いました。藤原さんは将来的に、どのような分野に進まれる予定なんでしょうか?

藤原 障害科学という分野に進もうと考えています。失語症患者さんをはじめとする言語聴覚障害を持たれている方が行うリハビリテーションである言語聴覚療法※3 について、またより実践的な点で、障害を持っている方が実際何に困っているのか、それに対してどんなアプローチができるのかについてを深く勉強したいと考えています。また大学の研究室で、きちんと倫理審査を経て研究を進めたいです。

※3:「言語聴覚療法」は、言語やコミュニケーション、嚥下(飲みこみ)に関する障害を持つ人々を対象に、機能の改善や生活の質の向上を目指した治療や支援を行う、リハビリテーションの一領域。例として失語症患者の方の場合は、絵カードやジェスチャーを使ったコミュニケーションの練習などを行う。

なのめーとる。 最後に、Larva06の読者に向けてメッセージをお願いします。

藤原 自分らしい穴を見つけて掘っていく、ミミズみたいな人になりましょう(笑)。

自分が大切にしていることでもあるのですが、ミミズってすごく格好いいと思っています。

幼い頃から、自由気ままにどこの土の中からでも出てきたり、自由に体を動かすミミズがめちゃくちゃ好きでした。

ミミズは別に、誰にも「穴を掘りなさい」とか「土の中で生きなさい」とかは言われていないのに、勝手に自分で土を掘っていって土の中に潜って、自分の生き方を見つけているんですよ。最近改めてミミズについて調べてすごく格好いいなと感じ、そこから「ミミズな人になりたい」という想いをずっと持っています。

なのめーとる。 ありがとうございます。

藤原 公共的なメディアだとNGかもしれないんですけど、Larva06さんだったらオッケーだと信じてます(笑)。

アルセド まあLarvaも「いもむし」ですからね(笑)。インタビューは以上です。本日はありがとうございました。

1つの完成に沢山の人が関わる、そこに関わる瞬間が好き。1つの花が咲くには、天然の雨、日光、土。ミミズ…etc沢山の方が関わってる。例えば、その中で肥料を渡す人として関われる事は凄く光栄。自然は自分の場所で、自分の生き方で本気で生きてる。ミミズは、枯葉や死骸など不要なものを分解していい土を作ってる。人があまり覗かない土の中で。だから、ミミズの生き方はすきだし畑でミミズと会った時は、手に乗せてミミズの気持ちを考えて、今日のミミズに感謝してる。ミミズな人になりたい。感謝は求めないけど、自分の生き方で本気で生きる人に。誰かのための土を作れる人に。
藤原さんがミミズについて考えたことを、Instagramに投稿した際の画像