スズキの耳石における割れを研究!辻本新さん 研究インタビュー
東京湾でスズキを釣り、その耳石の形状を調べている辻本さん。どうやらスズキの耳石には割れがあるものとないものの2つが存在するらしい!?幼い頃から続けてきた釣りへの想いと辻本さんの生き様についてもインタビューしました。
アルセド:まず研究内容について簡単にご説明いただければと思います。
辻本:僕の研究内容は、東京湾沿岸におけるスズキの個体による耳石形状パターンの左右差要因の考察です。メインの研究対象はスズキ(学名:Lateolabrax japonicus)という魚の頭骨の中にある耳石という器官です。ナチュラルタグとも呼ばれ色々な研究に用いられているその器官に発見したある変異とその原因を考察するのが本研究の目的です。
なのめーとる:ありがとうございます。専門外の読者にも分かるよう、耳石とはどういうものなのかを詳しく教えてください。
辻本:詳しく話すといくらでも話せるんですけれども(笑)、耳石は魚のちょうど後頭部あたりにあります。魚の頭をイメージしていただいて、その上から見た時に脳のちょっと後ろあたりの頭骨の中に入っている骨に似た硬組織の一種ですね。
人間でいう、耳小骨などと似た器官です。また耳についてることからも想像がつくと思いますが、聴覚に影響を及ぼす器官であり、平衡感覚を保つ器官です。
木の年輪はご存知だと思いますが、それと似たような感じで、下から光を照射したりすると年輪っていうのが見えるんですね。
そこから年齢を測定したりだとか、あるいはちょっと専門的な話をすると、この耳石の成分ですね。
成長していく過程で、カルシウムやストロンチウムなどの「微量元素」や「安定同位体」といった環境によって比率の異なるものを耳石に取り込んでいくのですが、これを分析することによって個体が過去にいた環境・遍歴を分析したりすることができます。それゆえ、さっき申し上げた「ナチュラルタグ」と呼ばれています。
なのめーとる:ありがとうございます。耳石から様々な情報を知ることができるんですね。
アルセド:ちなみにLateolabrax属(スズキ属)のなかでも耳石の形状は違うのでしょうか?
辻本:そうですね。日本には、釣人の言葉で言うと、マルスズキと呼ばれるL. japonicusっていうスズキとヒラスズキ、外来種のタイリクスズキ、あと有明海固有種のアリアケスズキというのがいます。これらの種それぞれでちょっとずつ耳石の形が違いますね。特にヒラスズキは普通のスズキとは全く異なる耳石の形状をしてます。ただ、スズキとタイリクスズキは比較的近い形状だと思います。
画像:上がヒラスズキ、下がタイリクスズキ。
アルセド:少し辻本さんの研究内容からは離れてるかもしれませんが、アリアケスズキはスズキと大陸原産のタイリクスズキとで比較すると中間的な特徴を持つとか言われたりするんですけど、それについて耳石に関することは何かご存知でしょうか?
辻本:そうですね。中間的な特徴は耳石にも確かにあると予測します。ただこの特徴の多くは近年、もともとアリアケスズキがいた有明海にタイリクスズキが外来種として流入し、交雑したことで、両種が比較的遺伝的に近くなった故に生じているものであると思っています。。この現象により純粋なアリアケスズキはその数を減らしており、おそらくその耳石を入手して分析することはちょっと難しいかもしれないですね。もうすでに交雑何世代目とかまで行っちゃってると思うので。
アルセド:ありがとうございます。では、次に研究の目的というか最終的な目標について教えてください。
辻本:この研究自体が2019年ぐらいからずっと続けてきたものでして、東京湾沿岸に焦点を絞り、釣獲でサンプリングを行い、そこで得たデータを基に現在は80個体ほどから分析を行っています。
その中で、耳石の形状相違がおおよそ1対1ぐらいの割合で出てきます。一番に思いつくのは性別による差異ですけど、これはデータ解析の結果で否定できました。
次に種レベルで違う可能性ですね。先程も少し出た話ですが、東京湾にはタイリクスズキもヒラスズキもいますから、そういったものとの交雑や、スズキの中での先祖種といった説も考えられなくはないです。
ただし、これも写真の分析などから否定されるだろうと考えられました。
先日の魚類学会(第58回魚類学会年会)では話していませんが、高知大学にサンプルを寄贈させて頂いたことがあり、それを依頼して分析にかけた感じでは交雑種ということは少なくともなさそうだなと思っています。ハプロタイプ(生物が持つDNAの配列のこと)のネットワークを分析してみないことには潜在種の話は分かりませんが、その分析はまだできていません。
また塩分濃度などの環境の違いという可能性もありますが、この辺りの細かい話はデータを見せないことには説明できないので詳細は割愛します。環境の違いについてもそんなに有意差は出ていなかったため、分析を続けていった結果がこちらです。
辻本:このグラフから緯度経度を使用して分析をした結果、切れ込みがある方とない方で採集地点が異なっていると思われました。そこから採集地点というものは何かしら結論に絡んでいるんじゃないかと考え、プロットが重なっている部分があるので上の分析では不完全であったため、要素を「外洋に面しているか、面していないか」と再定義してt検定を用いて分析を行った結果、0.0008389という有意水準(>0.01)を大きく下回るp値が算出されました。
そのため、これが耳石の形状相違につながってるんだろうと考えられました。ただ、この結果は直接要因にはなり得ません。環境要因だけでも内湾と外洋では底質や平均的な水深もそうですし、塩分濃度も全く異なりますから、完全にこうだからこうっていう理由をいきなり導き出すっていうのは事実上不可能だと思います。
仮説自体は色々とありますが、まずはDNAの分析からハプロタイプのネットワークを生成したので、今後の展望としては、その分析やより細かい分析を時間ができた時に行いたいです。あとは他の地域あるいは他種のスズキとの比較や、継続的なデータ採取と分析ですね。そういったところで進めていこうと思っています。
アルセド:ちなみに、個体の外観というか外部形態については全く差異が認められないんですよね。
辻本:そうです。当然、僕が採取した個体の中にも、もちろんそのわずかな個体差みたいのはもちろんありますよ。ただし、分類学的に価値のあるような変異っていうのは見られないです。
アルセド:分かりました。これ、めちゃくちゃ面白いですね。
なのめーとる:お二人に比べて門外漢で申し訳ないのですが、研究の内容は魚類学のうち、どういった分野に当たるんでしょうか?
辻本:研究自体が割と基礎研究に近いほうなので、ここからどう派生させていくかによって分野が変わると思っています。もし仮にこれが遺伝的な何かが要因であるとすれば、それは分類学になってくるでしょうし、あるいは環境的な何かであれば、おそらく行動学のほうになってくると思うんですね。今後の展開によっておそらく分野が変わってくる、あるいは分野にまたがったことになるのかなという風には考えてるんですけど。現状では複数分野を色々と組み合わせた研究なのかなとは思ってますね。
なのめーとる:今後の発展の余地があり、とても素敵な研究ですね。
辻本:ありがとうございます。
アルセド:研究を始めたきっかけについて教えてください。
辻本:中学生の頃、何かしら研究をしてみたいとはずっと思っていたんですが、僕の趣味である釣りでの強みは、自分でサンプルを取ってこれることです。それを活かすとなると、やっぱり身近で、データ数的にも比較的数の暴力が通用するような魚がいいわけです。
そんな魚で研究をしたいと考えた時、東京湾にいる魚の中では、僕が特に好きな魚はクロダイやスズキなのですが、肝心の研究テーマがないなと考えて、なら研究テーマを探せばいいじゃないということでサンプリングを始めました。大量に複数種類のデータを取って、採集地点はもちろん、体重や重量、胃の内容物、身長、標準全長、背鰭の棘数、何で釣れたか、当日何を食べていたか、などそういった色々なデータを分析していったんです。
そこで、そのうちの1つに年齢査定があったんですね。年齢査定のために耳石を用いたのですが、その際に形状が違うことに気づいて、この研究を始めました。
アルセド:すごい、そんなに調べたんですね。
辻本:はい、頑張りました。
アルセド:ちなみにデータの数としてはどれぐらいになるんですか?
辻本:たしか耳石だけで50パターンぐらい取ってますね。
アルセド:素晴らしい。データは多ければ多いほど信用に足りうるものになりますからね。
辻本:そうですね。こんな風にデータを取っていって異なっていることに気づいて、じゃあそれを研究してみようっていう風に研究が始まりました。
ちなみに僕がなぜ研究を始めるようになったかについてお話しすると、そもそも両親が研究職で働いていたことの影響がありました。小さい頃から、夏休みの自由研究などの機会には魚類の研究をしていました。マゴチが釣れやすい潮は何なのかを、本牧海釣り施設というところの10年分ぐらい蓄積されていた釣果データの分析をしてみたところ、長潮が一番釣れるという結果が出て、面白いなと思ったのを覚えています。その過程が好きで、ずっと自分でできる年齢になったら研究をやってみたいなと思っていました。父親が社会学で母親が考古学で、畑違いもいいところですから、力を借りると言ってもちょっとした技術ぐらいの話ですけど。
なのめーとる。: 凄く分かります。自分も両親が両方ともアカデミアにいて、2人とも製薬で、自分は生命倫理学なんですけど、親からアカデミックなことに対する色んな影響を受けていることはすごく実感しています。
辻本: 夕食のテーブルでの話題として、社会の話を始めたと思ったら、僕がそれに魚の話を混ぜ込んでいき、そして母親がなぜか考古学の話を始めるみたいな、そういうよく分からない食卓になることがままあります。これは家族が全員少し変わっている家のあるあるなのかなと思います。
アルセド:私もそうですね。私の家は主に魚類の話題ですけど。
辻本:いやぁ、皆さんそうなんですね。
アルセド: 話が変わりますが、趣味はありますか?
辻本: やはり趣味を聞かれたら釣りの話をするしかなくなりますね。2歳の頃からずっとやってきたので、今年で多分16年目ぐらいになると思います。これまでいろんな種類の釣りをしてきたんですが、釣りっていうと1種類のみをやる人とか、まあやっても2種類をシーズンごとに繰り返すみたいな人が多いんですけど、僕の場合はもうほとんど全種類の釣りをやるんです。
例えばルアー釣りもですし、両軸リールを使った遠投カゴ釣りも、あるいは少し毛色が違うものだとフライフィッシングなどもやりますし、他にもちょっとした小規模河川でタナゴやハヤを釣ることもあります。だから所謂マルチアングラーとか言われる種類の釣り人ではありますね。今日もこの後釣りに行くんですけど、もう釣りをしてないとちょっと精神状態が危うくなってくるっていう一種の釣り中毒みたいなことになってますね(笑)。
なのめーとる。: ちなみにどれぐらいの頻度で行かれてるんですか?
辻本: 去年カナダに留学してた関係で元々いた学校辞めて通信制の学校に行ってるんですけど、既に1年分の勉強が終わってしまったので、毎日好きな時に釣りに行ってます。
なのめーとる。: 素敵ですね。いいなあ。
辻本: 2024年の7月頭頃に帰ってきて、つい先日10月頭ぐらいに勉強が終わっちゃったんです。ただ今後多分海外の大学に行くことになると思うので、IELTSあるいはGPAをできるだけ上げようと、そこそこ勉強しています。それがなければずっと朝から晩まで釣りしてるでしょうけど。
なのめーとる。: 先程ちらっとお話されてましたけど、今後の進路について詳しく教えてください。
辻本:今後の進路としては、1番が海外大学への進学です。日本で魚類学などをしても良いのですが、僕の興味があるのは、どちらかというと北方に生息する魚類なんですよね。日本だったら北海道などもありますが、基本的にはカナダやノルウェー辺りになってくるかなと思います。去年10ヶ月ぐらいカナダのキャンベルリバーに留学して過ごしたこともあり、そこで魚類学を専攻することが今後の目標の1つかなと思っています。
ちょっと前は北海道大学志望だったんですが、日本に戻ってきて、合うのはやっぱり海外なのかなと思いました。
なのめーとる。:現時点では、大学の後もそのままアカデミアに残り、研究者を目指されるご予定ですか?
辻本: そうですね。理想の職としては大学の教授などですね。人に何かを教えたり、何かしらプロジェクトを動かしたりといったことが割と好きなので、大学は比較的自由な研究環境にもなりますし、1番いいんじゃないかなと考えています。
なのめーとる。:将来的に研究者になってポストを手に入れるという職業面での将来の夢以外に、明らかにしたいことや関わってみたいプロジェクトなど、探究面での将来の夢はありますか?
辻本: 僕は将来を考える上で、夢をできるだけ具体化しないようにしています。夢を具体化してしまうと、それが目標になりかわってしまうんですよね。目標を持つのはもちろん大事なんですけど、長期的な目標を抱えすぎると、それを追うがあまり足元をすくわれる気がするんです。なので、大きな抽象的な夢を掲げて、そこに向けて短期の目標を達成していくのが僕の生き方です。
なのめーとる。: 確かに将来の夢を具体化しすぎると、自分で可能性を狭めてしまったり、それ以外の可能性を排除してしまったりする点で、あまり具体化し過ぎない方がいいのかもしれませんね。
辻本: まあ、人それぞれだと思いますけどね。将来は楽しく充実した生活と感じられるような仕事を通常の生活と並行して展開していきたいです。自分がこれがいいなと感じていれば、その時点で自分の夢が叶ったとも言えますね。
アルセド: では最後に、Larva06の読者にメッセージをお願いします。
辻本: 昨今AIが台頭してきている中で、脳味噌を使う研究者などの仕事は1つの転換点を迎えると思っています。Larva06を読んでいる方には、そういう仕事を目指してる方も多いのではないでしょうか。
今後、そういった人々に求められる技能は単なる知識や情報処理能力だけではなくなり、より高度な発想力や多分野の知識を組み合わせる、所謂アブストラクトシンキングと言われるものが1番重要になってくるのではないかと思います。
日本のシステムが求めるものとして、受験勉強などもあると思いますが、そういった作業よりも自分の発想力やアイデア、自分の好きなこと、思考といったものをずっと大事にしてほしいです。
アルセド:ありがとうございます。
辻本: こちらこそありがとうございます。あ、データの保管の仕方などその辺りの方法についても、もしかしたら役に立つかもしれないので話しましょうか。 データが全部吹っ飛んだりしたらやばいですからね。
アルセド: そうですね。私はそれをこの前やらかしました。
辻本: あっ、やらかしましたか。
アルセド: やってしまったものは仕方ないので、10月に全部計測をやり直しましたけど、本当に辛かったです。
辻本: 大変ですね。データの保存や保管は、僕はもう何重にもプロテクトとバックアップを取ってます。自分で収集したデータなので一度消えたら今までの研究データとかがすべて消えますからね。
なのめーとる。: 本当にそうですね。私の研究ではとりあえず文章でまとめることがすごく重要なんですけど、それを1万字ぐらいを全部消してしまったことがありまして。
辻本: ああ……。
なのめーとる。: 文章は書き直しても、全く同じようには書けないので、大変なんです。
辻本: 私もそれなりに文章を書く機会はあるので、すごく分かります。データが飛んだり間違えて消しちゃったりといったことは、一度でもそういうことをしちゃうと、復元しようと思っても何故か同じものってできないですよね。
アルセド: 読者の方にも、データ管理はちゃんとやろうと伝えたいですね。
なのめーとる。: そうですね。本日は以上です。大変興味深いお話をありがとうございました。
辻本: こちらこそありがとうございました。