トライアングルの形状と音の関係を調べ、音×科学を探究!向日励さん研究インタビュー
形状の違うトライアングルが奏でる音の違いに向き合ってきた向日励さん。向日さんの研究手法や研究の楽しさ、「そもそも音響学とは何か」という根本的な疑問などについてインタビューしました。

なのめーとる。 向日さん、本日はインタビューよろしくお願いいたします。はじめに自己紹介をお願いします。
向日 向日(むかひ)ってなかなか珍しい名前ですよね(笑)。よろしくお願いします。私が所属する学校の理数科における「理数探究」という科目で行っている研究※について、話したいと思います。
高校では吹奏楽部でパーカッションとコントラバスを演奏しています。その活動の中でトライアングルにどハマりしていた時期がありました。やはり興味が湧いたものをテーマにしようと考え、「トライアングルの一片の長さ、太さとその打音、余韻の関係」というタイトルで研究を進めていくことになりました。
また、トライアングルは職人さんが培ってきた経験に基づいて作られていることが多いんです。ただし、曲ごとにこういったトライアングルがいいとか、こういったビーター(トライアングルを打つ金属製の棒のこと)がいいみたいなことがよくあるんですね。なので、その曲に合ったトライアングルを作る必要があるのではないか、という点もこの研究を始めたきっかけです。
そもそも、トライアングルにはどういう楽器というイメージがありますか?
※:本研究は愛知県立瑞陵高等学校理数科での授業の一環で行ったグループ研究であり、他の班員の許可のもと、向日さんへの取材を実施しました。
なのめーとる。 三角形で、3辺のうち1つの頂点で途切れている、そういう形をしているイメージがあります。
向日 まさにその通りで、めちゃくちゃ形が単純ですよね。では、トライアングルの音についてはどういうイメージがありますか?
なのめーとる。 甲高い、キーンとした音が鳴るイメージがありますね。
向日 そうです。例えばピアノだと、大量に鍵盤があり、この鍵盤を押すとこの音が鳴るというのが決まってるわけです。しかし、トライアングルはその音階を作るイメージがないじゃないですか。
なのめーとる。 そうですね。
向日 そこでトライアングルの鳴っている音は一体何者なんだという疑問が生じたんです。
このトライアングルという楽器、単純な見た目をしている一方で、実は音の内容がかなり複雑に変化するんですね。
インターネットで検索すると本当にいろいろな形のトライアングルが出てきますが、トライアングルはだいたい三角形をしているものの、金属棒が完全に60°ピッタリに鋭く曲がっているわけではなく、頂点がゆったりとカーブしています。
しかし、この角の鋭さや、トライアングルの断面がスパッと研ぎ澄まされてるかどうか、あるいは三角形の頂点が尖っているかだとか、トライアングルごとにそういった色々な小さい違いがあります。世の中の様々なメーカーが多様なトライアングルを出しているということは、あんな単純な三角形をしていながらも小さい変化でいろいろな音を作れてしまうっていうことを意味しているんです。
私たちは今、特に三角形の一辺の長さや太さがその音にどういった影響を与えるのかということを研究しています。
なのめーとる。 詳しいご説明ありがとうございます。一見すると単純に見えても、様々な要素があるんですね。
向日 そうです。トライアングルの中でも本当にいろいろなパラメーターがあって、例えばトライアングルを打つ棒(ビーター)の材質とか太さ、長さによっても音が変わってくるんです。
ただ、ちょっとあまりにも要素が多すぎるので、今回はトライアングル本体の長さと太さっていうのがどういった影響を与えるのかという部分に絞りました。
さらに、例えばピアノだったら鍵盤が叩かれた瞬間であったり、スネアドラムだったら膜にスティックが当たった瞬間だとか、そういった音が出る瞬間の音と、その後に続く音を分けて考えることが多いんですね。
それを打音と余韻と呼んだりもするんですけれども、今回の私たちの研究では、トライアングルの打音の方により着目して研究解析をしました。
なのめーとる。 ありがとうございます。解析手法について教えてください。
向日 我々が研究している音響学において、よく出てくるのがフーリエ変換という解析手法(後述)ですね。
そもそも音の波には、重ね合わせることができるという性質があります。しかも、世の中に存在する大抵全ての音っていうのは色んな波が重なり合った結果生まれてるものなんですね。
例えばピアノのドの音。ドっていう音程の音を弾いたとしても、実はその1オクターブ上のドの音も一緒に鳴っています。さらにその上のソの音、またさらにその上のドの音、ミの音、ソの音、シ♭の音みたいな色んな音が同時に鳴って、弾いた「ド」が形成されてるんです。
そして、この研究はこの形成されたいろいろな音の波における、何ヘルツの波がどれだけの大きさ・強さで含まれているかという重なりを分解する作業が必要になってきます(一般に、この作業をフーリエ変換と言う)。この後はこの分解したものを解析していく作業になります。
なのめーとる。 なるほど。一つの音程の音は様々な音が組み合わされてできているんですね。
向日 ちなみに打音と余韻っていうのは、トライアングルの音が「チィーン」と鳴ったときの「チ」の部分が打音、「ィーン」の部分が余韻ですね。
ここで「フーリエ変換を用いて具体的に何を解析しようとしているのか?」という疑問が生まれると思います。
先ほど本研究では特に打音に着目すると言いましたが、これは余韻として減衰していく音にはどういった特徴があるのかというのを調べるという意味です。
基本的に楽器を演奏するときに重要になってくるのは余韻の方なんですけれども、この打音の方も結構重要な役割を持っています。よって、打音にどういった特徴があるのかというのを調べました。
解析手法なんですけれども、まず100ミリ秒(0.1秒)間、トライアングルを打った音を録音します。最初の20ミリ秒(0.02秒)と、後に続く80ミリ秒(0.08秒)にそれぞれAとBとして分割し、フーリエ変換を行って周波数スペクトル(周波数がどれだけの振動数で、どれだけのデシベル(振幅)を示すかという情報)っていうのを獲得します。
そして、ちょっとだけ難しい話をすると、周波数と音階には指数関数的な関係があるんですが、1オクターブの幅を使って、その1/3ごとに平均を取り、それをまたΔAmp = 1-AmpA / AmpBっていう式に当てはめて、ΔAmpという指標を得るといった解析になっています。そしてこのΔAmpという指標なんですが、AmpAというのが最初の20ミリ秒間の音、AmpBっていうのが後ろに続く80ミリ秒間の音になってるので、このAからBの方にかけて音は基本的には小さくなっていきます(基本的に音は減衰していくため)。なので、その周波数帯で音が大きくならない限り、ΔAmpは1から0の間になっています。ここから、このAmpB/AmpAは減衰率が大きいほど、1-ΔAmpは1に近づきます。
なのめーとる。 なるほど。
向日 これによってそれぞれの周波数帯ごとに、よりしっかり減衰しているところほど1に近づいて、あまり減衰していないところほど0に近づいていくんですね。もしも、その周波数帯が減衰せず増幅するようなことがあったら、このΔAmpは負の値になります。それがピッチシフトという現象なんですけれども、今回はそれについて考えず、どれくらい減衰しているかということだけを考えるので、ΔAmpの正の値だけを取り出して確認しました。
そして、その後ろの80ミリ秒間の音をフーリエ変換し、その周波数スペクトルを得るだけの解析になります。
この実験では、いきなりトライアングルを用いると大変なので、まず単純な金属棒だけで計測しました。長さの違う金属棒をそれぞれ用意し、紐で吊り下げました。
そして吊り下げ位置から1cmのところを45°の角度で打ちました。このとき打つ金属棒は長さ20mm、直径11mmのものを使いました。


アルセド ちなみに長さが200mmと直径が11mmのタイプのデータがないのはなぜでしょうか?
向日 最初はすべてトライアングルに加工しようと思っていたのですが、実際に買ってみたら絶対にトライアングルに曲げれないなという太さと短さをしていたので、これはもう金属棒とかトライアングルを打つための棒にしてしまおうっていうことで、このデータはなかったことになってます。
なのめーとる。 なるほど。結構太いんですかね?
向日 そうですね。結構太いんですよ、これ。直径1cmって相当ですよ。
なのめーとる。 確かに、11mmもあったら曲げられないですよね。
向日 実際にトライアングルの大きさを測ったのですが、普通のトライアングルって大体10mmから15mmぐらいの太さなんです。
実際のトライアングルに近い太さの金属棒を用意した方がいいと思って用意したんですけど、あまりにも太くて。実はこの後にさらに曲げられないものが出てくるんですけれども、金属棒での解析は一旦この8本のサンプルを用意して計測を行いました。
なのめーとる。 なるほど。
向日 三角形に曲げたものがこちらです。木の板に60°の正三角形にネジを付けて、ガスバーナーで炙った角をそのガイドに当ててグッと曲げたんですけど、実際にトライアングルに加工できたのがこの5本だけだったんですね。

なのめーとる。 8分の3は失敗してしまったのですね。
向日 そうですね。長さ20mmで直径8mmとかだと、短すぎて曲げるために持つ場所がないんです。仕方ないのでそのデータの取得は妥協しました。
アルセド ちなみに、先ほどの直線の棒と比較する際に、熱変化は考慮しましたか?
向日 熱に関しては、どうなるんだろうなと考えながら、熱して曲げた後に水で急冷したんですけど、後から音響学会で急冷しないと、とんでもない音になるから急冷したのは正解だったっていうことを言われました。
アルセド 実際のトライアングルの工場でも急冷しているんでしょうか?
向日 実際に工場で作られてるトライアングルは色んなパターンがあるんですけど、基本的に金属棒を機械の力でグイッと曲げてるんです。
アルセド ああ、プレス加工みたいな感じですね。
向日 そうです。人間というのはせいぜい非力なもので、本当に細い針金くらいしか曲げられないので、こんな太い金属棒を曲げるには加熱するしかないんですよね。
ただ、実際に人の手で作られているトライアングルもありまして、それは充分に水で冷やすらしいので、恐らくそれに近いものはできているとは思っています。
そして、この図のグラフの見方なんですけれど、横軸が周波数で、縦軸が振幅がどれだけあるのか?という指標ですね。
そして、青線のグラフ(ほとんど緑線と重複している)がAmpA、つまり、最初に20ミリ秒間の音をフーリエ変換し、1/3オクターブごとに切り刻んだものです。

アルセド 少なくとも20φ6、20φ8、50φ6のグラフにおいて、振幅は一度大きく下がってまた上昇するとみていいのでしょうか?
向日 そうですね。ただ、これは一度下がったというより、いくつかの周波数が同時に出てる感じですね。こういった指標を扱う時は、軸が3つありまして、1つが時間軸、もう1つが周波数の軸、さらにもう1つがその周波数がどれだけ含まれているのかの軸なんです。
このグラフは、時間軸の部分を圧縮して、さらに時間軸で積分したような感じですね。
例えば、どちらも800Hzくらいのところがシアンからグリーンにかけて、へこんでるので、この周波数帯というのはしっかり減衰したところだと分かります。
そして、下のグラフがΔAmpを示していて、ここも800Hzくらいのところがしっかり減衰しています。周波数が非常に高い領域については、フーリエ変換の特性上、正しく数値が取れてないので、この辺りは気にせずに見ていただけると良いかなって思います。そもそも、この辺りの周波数になると人間が聞こえるかどうか怪しくなってくるとは思います。
今回は可聴域についてだけ考えるので、だいたい50Hzから1,000Hzまでを考えており、1,000Hzより先はもう無視して見ていただきたいです。
また、8種類の金属棒のうち、残りの4種類を比較したのが図4のグラフになります。
そして、こうやって並べてみると明らかに減衰が多いのが20Φ6なんですが、この図の縦方向と横方向で全体を比較してみてみると、右側に行けば行くほど減衰量が少なくなっていくんですね。
50Φ11とかは、本当に減衰してるんですか?みたいな感じの、ほとんど減衰がない状態になっています。
このような実験を続けていく中で、金属棒が太くなったり長くなったりしていくと、この金属音の減衰は小さくなっていくであろうということが分かったんです。
長さによる影響があると言いましたが、これはおおよそ無視できる程度の差しかないので、影響は乏しいということになっています。あとは金属棒が太くなると、減衰の度合いが小さくなっていくことが分かりました。
つまり、金属棒が細いほどたわみが発生しやすくなる。そうすると、このたわみのせいで色んな周波数が同時に出ちゃうんですよね。それによって発生した金属音のうち、固有振動数の出ない音がどんどん減衰していったんじゃないかっていうことを考察しました。
金属棒は、細いとその減衰量がどんどん大きくなっていきますよっていう結果になりましたと。そして、トライアングルでも同じ解析を行ったところ、あまり影響がなさそうなんですね。太くなったら減衰量が少し変わってるようにも見えなくはないのですが、これを何回かやって、いろんなデータを見比べた結果、非常に大きく減衰するデータもあれば、全く減衰しないようなデータもあるんですね。

向日 そういうこともあるので、本当にこのトライアングルの形状においては、長さや太さといった要素が、減衰していく打音にあまり強い影響を与えないということが分かったんです。
これの原因として考えられるのが、トライアングルをつるす点からトライアングルを打つ地点がかなり離れてるので、そもそもたわみが発生しづらいがゆえに減衰があまり起こっていないんじゃないかということが推察されました。

向日 これは、高くなっている所ほどその音が強く出ているということなのですが、その含有する周波数はトライアングルに曲げたあとの方が多くなってるんですね。
余韻の方の音なので、つまり、そもそも減衰しうる音が、トライアングルに加工した方が少なくなってるんですね。金属棒を打った方は、いろんな音が同時に鳴っても減衰していく音がいろんな所にあって、そこが下がりやすいということになるのですが、トライアングルの方は減衰した先にもいろんな音が立っているので、そもそも減衰できる音が少ないから減衰が目立たないのではないかというのが我々の出した結論になりました。
アルセド なるほど。ちなみに、打点を打つ強さは一定なんですか?
向日 本当は厳密にやらないとダメなんですが、そういった装置を組み立てる材料がなかったので、あまりよろしくはないんですけど人の手でやってますね。ただ、そもそもトライアングルの音を聞くのは最終的に人間であり、演奏自体も人間がするので、これはこれで、ある程度の信頼できるデータにはなります。
どの周波数帯が強く出るのか?みたいなことをやり始めると、打ち方がすごく重要になってくるのですが、減衰については複数回やった結果を参考にして、その共通する部分を取り出した結果になっているので、高校生がやれる範囲のノイズ除去はやった後の結果であると見ていただければと思います。
アルセド なるほど。トライアングルを打つ棒(ビーダー)は、例えば振り子みたいにして叩くといった感じではダメなんですか?
向日 単純な振り子だったらいいかもしれませんが、紐の部分と打つ部分の境界線がはっきりしてしまうと、とても複雑な運動が生まれてしまうので検証しませんでした。また、トライアングルを2回叩打ってしまうといったことが起こるんですね。
そして、もう一つ問題があるとすると、強く打ちすぎると、いろんな音が出すぎてしまうので計測するには向かなくなってしまうわけですね。
ここら辺の打楽器は、弱く打った時の振動と強く打った時の振動において、使う方程式が違うレベルで全く別の振動が出てきてしまうというのもありますね。
アルセド 同じ紐の長さである限り、振り子の速さは変わらないと思いますが(振り子の法則のこと)、音が変わってしまうのですか?
向日 変わるんですよそれが。
アルセド え!?
向日 いわゆるカオス理論とか言われるものなんですけど、離す時にどれくらいの時間で離したかとかによって運動が変わってしまうので。
アルセド そうなんですね……。
なのめーとる。 私も打ち方を一定にする方法が気になっていました。
向日 本当は打ち方を一定にしたかったんですけど、なかなかできず。できないんだったら量を多くして比較するしかないので、もういっぱいやりましたね。まあ、沢山やった結果、影響ほとんどねえじゃねえかっていう結論になったんですけれども。
アルセド まあ、それも一つの結果ですから……。
向日 それもそうですね。
トライアングルの1辺の長さと太さが、その打音からの余韻の減衰に影響を及ぼすというのは言えませんでした。
先ほどもご指摘いただいた通り、より精密な条件下ではさらに変化する可能性があるというのは考慮する必要があります。ただし、ある程度の幅を持たせた条件下においては、ほとんど影響がないというか、それ以外の要素の方がより支配的ということが分かりました。
もしこの実験を精密に行い、金属棒が太ければ太いほどその減衰が少なくなっていくという結論になった場合、手で打った程度では、ほとんど変化がないわけじゃないですか。よって、打音から余韻への減衰が少ないトライアングルを作ろうとしても、操作者の打ち方次第で調整が一瞬で無駄になるということが起こる訳です。
だから、より正確に計測する必要はあまりないわけなんですよ。やはり、楽器を扱うのは最終的には人間なので、人間が調整可能な範囲で顕著に現れる変化を見ていくこともある程度は必要にはなってきますからね。
少なくとも人間が制御できる程度の範囲では影響がほとんどないというのが、この結論の意味する所になります。
今回の研究内容を論文から引っ張ってくるような言葉で表現すると、「パルス性の剛体運動音」というものなんですね。本当にいろんな要素が絡み合ってこの振動が生まれているのですが、それを打音や余韻として扱っています。参考文献では金属柱に球体をぶつけて、その形状ごとの特徴が打音と余韻のどちらかに現れるとされています。
それがどちらに現れるのかを、計算式で判別することができると書いてある参考文献があったのですが、打音の方に影響が顕著に現れなかったということは、裏を返せば余韻の方に影響が顕著に現れているということなんですね。
ここから、今後トライアングルの研究を行う時は余韻の方に注目してあげると、より金属棒の形状の特徴を踏まえた研究ができると分かりました。
なのめーとる。 ありがとうございます。すごく分かりやすいです。
アルセド ちなみに打音と余韻って明確に線引きができるもんなんですかね?個人的にはグラデーションのようにも思えますが……。
向日 すごく難しい質問なんですけれども、打音と余韻という言葉は音響学の中でもちゃんと用語として存在するんですけれども、その時々によって打音と余韻の指す長さは違うんですね。
それはなぜかというと、物体の振動がどういった物理的な特徴を持っているのかによって、打音の特徴が出る範囲が違うんですよ。
例えば、1cmの針金を叩いて、その打音と余韻を考えるとなると、この場合の打音は一瞬なんです。というのも、打音が消える理由として、衝撃が端まで行って跳ね返って、また端に着いて跳ね返ってというのを繰り返していく中で、その固有振動数ではない波は互いに逆位相の波がぶつかってきたりして、どんどん熱エネルギーとして抜けていってしまうんですよね。
大きなスケールの話だと、1kmの長さの鉄の棒を打って、その音を調べるとなった時は、波が端まで行って返ってくるまでの時間のスケールがあまりにも大きいわけです。
そうすると、本当にこんなことは起こりえないんですけど、打音の幅を5秒間取りましょうかということになるんですね。
今お話ししたのは金属の棒だったのですが、これが木の板や柔らかいゴムのようなものだったらと考えていくと、波の伝わる速さや物体の形状によって打音の影響が出てくる時間が変わってくるんですね。
明確に打音は何秒から何秒という決まりはないのですが、周波数の特徴がある程度変化するような領域があるので、その領域を見定めて、おおよその時間で切る事が多いですね。ただし、私たちが行ったこの研究においては、最初にチーンって打った時の波形を見て、大体最初の0.02秒間でグッと減衰して、それ以降の0.08秒間で波形が小さくなっていくことから、0.02秒間で切りました。
私が最初参考にした文献では、トライアングルの振動は同じ長さの金属棒の振動でほぼ同様に表されるというような記述があったのですが、今回の結果から分かるようにトライアングルに加工すると余韻の方が激しく変化することから、トライアングルに加工する際は、トライアングルの形状で振動を計算してあげた方がいいと言えます。
また、音響学会に行った時に聞いた話だと、トライアングルに加工すると音が変わるというのは、普通の金属棒が振動するような振動もあるものの、形が平面に拡張されたことによって、棒がねじれたり、たわんだりとか、いろんな方向の振動が起こるせいでこういった結果になるというような話は聞きましたね。
今後はより具体的な論理解析を行っていく必要があると考えています。
なのめーとる。 向日さんはどうしてこれほどまでに研究に熱中されているのですか?
向日 最初にトライアングルに一時期ハマってたと言ったと思うんですけど、トライアングルって大体何円すると思いますか?
なのめーとる。 難しい質問ですね。2,000円ぐらいでしょうか?でも1,000円以内にもおさまりそうだとも感じます。
向日 今、皆さんが近所の楽器屋さんに行ってトライアングルを買おうと思って、トライアングルが売ってるコーナーを見ると、安いものだと500円くらいで売っています。しかし、ちゃんとしたトライアングルだと、1,000円以上や2,000円以上する場合もあるんです。
トライアングルは端的に言うとあくまで金属棒を三角形に曲げた物ではあるのですが、プロのオーケストラで使われているトライアングルだと7万円もする場合もあります。私もそのトライアングルが欲しいと思っていた時期があったのですが、正直トライアングルに7万円を出せる人は多くないのが現状だと思います。
アルセド たとえ値段が少々高くとも、欲しい人は欲しいものだと思いますけどね。
向日 そうですね(笑)。たしかに、世の中にはそれにお金を出す人たちがいるのは事実なんです。でも、トライアングルって棒を曲げているだけで、構造は単純です。だったら自分で作ったらいいじゃないですか。物理学で計算した上で、最も素晴らしいトライアングルを自分で作ることができれば、コスパめちゃくちゃいいですよね。
アルセド それはそうですね。
向日 だったら研究してやろうじゃないか、っていうことでこの研究は始まっています。
なのめーとる。 とても面白いですね。 向日さんがこの研究を進める中で面白いと思うことはどういうところですか?
向日 とにかく、何が起こってるのかよく分からないんですよね。
例えば、プールの端についているような、アニメとかでよく見るレベルの大きさの飛び込み台を想像してみてください。あの飛び込み台から板が伸びてて、人が飛び込んだ後はその板がぐわんぐわんって揺れるじゃないですか。
その振動を見ろって言われたら見えますよね。でも、太鼓の打面をタンって打って、その時の振動を目で見ろって言われても絶対無理ですよね。
アルセド そうですね。近づいて横から見ない限りは難しいでしょうね。
向日 1秒間に何百回から何千回も振動していますし、そもそも振動している幅は数mm程度なので、本当に目で見えないんです。振動していることは感覚では分かっても、実際にその振動がどういった振動なのかは分からない。それを計測しようとしても、音は目に見えない。
だったらマイクを持ち出そうと思っても、マイクを置く位置によっても取れるデータは変わってきます。
今回の研究には全然関係ないのですが、例えばホールの設計をするような人たちが直面する問題として、ある音を録音しようとした時にマイクを立てると、マイクがあるせいで反射の仕方が変わって、取れる音が変わるというものがあります。
音は何にでも当たって何にでも跳ね返ってしまうせいで、正しく測定するのがすごく難しいんですね。だから、本当に何が起こっているのか分からない。今自分が取り扱っているデータが正しいかすら分からないみたいなのが、扱っててめちゃくちゃ楽しかったですね。
なのめーとる。 逆に研究を進めていく中で難しい点もやはりそういったところなんでしょうか?
向日 似た値がすごくいっぱい出てきて、例えば音速と言っても、金属に伝わっている音の速さなのか、空気中を伝わる音の速さなのかみたいなのが色々あります。そのため、グループで研究している中で、グループメンバーの中でも、互いに自分が言おうとしていることが相手に中々伝わらないみたいなことが起こってしまったんです。
例えば、金属棒が振動する時の振動の話をしようとした時に高校の物理で習う知識だと、全く説明できないことばかりなんですよ。
高校で扱うのは似た式で表せる弦の振動と気柱の振動だけですが、、金属棒の振動になってくると似た式で表せないということが起こり、
A「この波の振動ってこれじゃないの?」
B「いや、でもそれはあくまで弦の話であって、今回はXの条件だから、YとZが違ってちょっと面倒くさくなるんだよね。」
といったことが起こったこともありました。
お互いに今考えていることを相手に伝える時に、一体何を持ち出して話せばいいのかが分からなくなるみたいなことが起こったりしましたね。
なのめーとる。なるほど、そういった難しさがあるんですね。面白いです。
アルセド 話は変わりますが、音響学を知って好きになったきっかけは何でしたか?
向日 ことの起こりとしては吹奏楽部でした。やったことのある人はすごく聞き覚えのあるフレーズだと思うんですけれども、吹奏楽界隈では「5度の音は高く、3度の音は低く」っていうまるで魔法の呪文のような文言がよく飛び交ってるんですね。
これは何かというと、和音を鳴らす時に我々が知っているドレミファソラシドの音よりもちょっと高くしたり、ちょっと低くしたりする必要が出てくるという話なんです。
本当に魔法の呪文のように言われてるんですけれども、じゃあそれって何でですか?っていう話は公ではされないんですよ。
歴史を辿れば、ピタゴラスとかに繋がってくるとは思うのですが、音楽という芸術の領域の中にある習慣とか風習とかに触れていく中で、まるで魔法の呪文のように使われている言葉だったり概念だったりを見るたびに、でもそれって何でですか?っていう説明が全然されていないのを感じたんです。それを色々調べていくうちに最終的に音響学という分野にたどり着くことになりました。
なのめーとる。 なるほど。やはり吹奏楽における疑問が発端だったんですね。向日さんは今後の進路や将来の夢についてどのようにお考えですか?
向日 将来の夢と聞かれると、ぶっちゃけ本当に何もないんですよ。というのも、今は目の前の音響学が楽しすぎて、とりあえず音響学をやりたいとしか考えていないので、とりあえず大学で音響学をやりつつ、将来に不安を感じながら楽器をいじっていると思います。ただ、本当に音響学をやれる大学がなかなか無いので、頑張って探さなければいけないのはあります。
なのめーとる。 音響学はどういう学部や学科に進学すれば学べるのでしょうか?
向日 どの学部で学べるというのが一概には言えなくて、例えば電気・電子系の中のスピーカーの設計を扱っている研究室や、防音室やホールの設計に関連して学べる建築学科の研究室もあれば、情報学の分野で録音した音を分離したり音の特徴を分析したりしている研究室もあります。
あとは心理学の領域で音に対して人の感情がどう動くかを取り扱っていたり、言語を扱っている人たちが音声学という分野で音を扱っていたりします。例えば日本語学習者が英語を話そうとした時に、どういった音の特徴が出てくるかを調べるような感じですかね。
なのめーとる。 色んな学問と接してるんですね。
向日 そうですね。音響学って本当に何でもありな学問で、そんなんありなのかよみたいな研究としては、例えば『海洋生物音響学』という本があります。海の中の生物が音をどう扱っているか、またその音がなんで選ばれたのか、なぜその音が情報伝達に役立っているのかという視点から海の生物を見るという内容です。音響学って音が関わってるなら何でもありなんですよね。
アルセド なるほど。その本、ちょうど横の棚にあります。
向日 え、 あるんですか?
アルセド はい。私の真横に有ります。前に向日さんに紹介されて買ったやつです。
向日 買ったんですね。どうですか?
アルセド 途中まで読んでいるところなのですが、とても面白いです。クジラの鳴音なんかは特に面白いなと思いました。
向日 そうですよね。あそこら辺もまだ研究できる余地が残っているところですね。
なのめーとる。 最後に、Larva06の読者に対してメッセージをお願いします。
向日 気になる学会は行った方がいいです。私が行ったことがあるのはまだ音響学会だけなんですけれども、学会に行くとその分野を専門としている研究室が分かりますし、この研究室がこういった研究をしているというのも分かります。あと今まで自分がその分野について知らなかった情報をどんどん吸収できるんです。
基本的に高校生は無料や安価で聴講できる学会が多いので、行くだけ得なんですよ。
新たな知識を得ることもできますし、自分の興味のある分野が一体何なのかっていうのを確認することもできるんですね。あとはちょっと生々しい話にはなるんですけれども、自分がどの大学に行きたいかなっていう大学選びの場にもなるんですよ。本当に良い刺激を受けることもできる場所なので、学会は行った方がいいです。
なのめーとる。 そうですね。学会に行くとめちゃくちゃ見識も広がりますし、モチベーションももらえますよね。
向日 そうですね。本日はありがとうございました。
なのめーとる。&アルセド こちらこそ、ありがとうございました。